2007年08月16日

広島で京都市電と再開す

8月14日から三日間、家族旅行で、呉、広島、岩国へ行ってきたのですが、広島でどうしても実現したかったのが、京都市電との再開でした。

僕が小学六年生だった昭和53年に京都市電は廃止されたんです。 多くの京都っ子がそうしたように最後の日には親父に借りたカメラもって撮影に行ったものです。

残った車両は広島へ貰われて行くというのは聞いていたのですが、中学生の時の修学旅行で広島へ訪れた時も見た記憶が無く、それ以来初めての広島という事もあり、懐かしい京都市電がどうしても見たかったのです。

うれしい事に15台の車両が現役で広島の町を走っており、その一台一台に京都にゆかりのある名前が付けられてるそうなんです。 で、どうせなら地元「ぎおん」の名前を貰ってる1911号を見たくて、広電(ヒロデン)のホームページから、どの路線に乗れば元京都市電である1900形が走ってるか問い合わせてみるました。
翌日には丁寧な文体で返信メールが届き、広電本社前−横川駅を走ってる事がわかりました。

でもヒロデンの路線図を見ると、元京都市電が走っているのはJR広島駅から原爆ドーム前など観光ルートからは外れた路線で、乗る計画が立たず、旅行中の限られた時間の中、京都市電に何の思い入れも無い大阪出身の嫁や子供を付き合わすのも悪いし、もし時間が余ったら行ってみようと考えてました。

広島入りして14日と16日の二日間で5回ほど路面電車に乗りましたが、乗車区間がJR広島駅から紙屋町や原爆ドーム前などのいちばん人の多い区間だったせいか、どれもハイカラな最新式電車ばかりで懐かしい車両には乗れませんでした。
紙屋町など繁華街で夕食を食べたりしましたので、路面電車と出くわす度に見ましたが、懐かしい元京都市電を見る事は出来ませんでした。

16日の最終日に原爆ドームや平和記念館を見て、帰りの新幹線まで後1時間少々、もう時間も無いし市電は諦めて繁華街をブラブラして時間を潰そうとかと、元安橋からアーケードの通りへ入り本通りを越えたあたりで視界の端っこに見覚えのある車両が横切りました。

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「うあぁー、走ってるー」30年ぶりの再開に思わずつい声をあげてしまいました。

時計を見ると新幹線の時間まであと1時間、うーん、どうしよう、悩んだ結果、少しだけ乗って折り返しJR広島駅へ戻る事にしました。なんとか間に合うでしょう(^^;

ヒロデン本町駅(袋町だったかも?))で待つ事10分、この時間の長かった事(^^;
3台ほど新型車両をやりすごして、ようやく1900系車両がホームへ入ってきました。

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1904号車 かも川号です。 乗りたかった「ぎおん」ではありませんが、鴨川から徒歩5分の所に住んでる人間には嬉しい車両が来ました(^_^)

さっそく乗り込んで、懐かしい車内を眺めつつ車両の先頭へ行きました。

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ああ、懐かしい。 子供の頃、いつもこの場所に立ち運転手気分を味わった思い出がフラッシュバックしました。
当時と変わらない(であろう)運転席には女性の運転手さんが座っておられ、車内には冷房がかかってたのが時代の流れを感じました。

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原爆ドーム前で降り、折りかえし、新型電車でJR広島駅まで行き、広島を後にしました。三駅ほどの短い乗車区間でしたが、とても懐かしく嬉しい時間でした。

大事に車両を使って下さってるヒロデンの皆様や広島市民の皆様へ感謝の気持ちでいっぱいになりました。 ありがとうございました。

[余談]
現地で、ヒロデンの事を聞くのに、三回ほど「コトデン」と言うてしまいました。
親父の出身が高松なもんで(^^;

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