2007年06月21日

番頭さんの会へ行ってきました

祇園商店街には、番頭さんの会という、商店街に所属する組織としてはめずらしい組織があります。

店主さんの集まりは全国どこでもありますが、実際にお客様と接する機会が多い番頭さんが祇園についての知識を深めたり懇親したりする事で、祇園商店街を盛上げて行こうという実に理にかなった組織なんです。

僕は番頭さんというより丁稚なんですが、第一回から参加させてもろてまして、この日は第三回の催しに行ってきました。

今回は前宮本組組長さんの、祇園祭の神輿洗いに関する貴重なお話を伺う事が出来ました。

以下覚え書き

・神輿洗いはもっとも古い祭の様式・儀式の一つ(今は一ヶ月に及ぶ祇園祭の一行事だが、元々はそれだけで一つの祭の体を成してた?)
・本来祇園の狭い地域で行われていた祇園祭(神輿洗い)を1100年前の清和天皇が勅命により国家行事にし、神輿の巡幸する地域が広がった。 すなわち本来の祇園祭は貞観以前より行われていた。
・鴨川の水で神輿を清めるという意味もあるが、鴨川の清流に住む(北山から流れてきた)若く元気な神様を神輿で八坂神社に連れ帰り、10円ぽっちの賽銭であつかまし多くの願いを叶える為に一年間働かれ(笑)お疲れになった祭神と合体して頂きリフレッシュして頂く。
・後の神輿洗い(神輿洗いは7月10日、28日の二回ある)は、疲れて(穢れた?)分離した神を鴨川に流す(帰す)為の儀式。
・江戸後期、24日の後祭の時に、南座や北座の歌舞伎役者が「おねり」という奉納行列をしていたのが、明治期頃に花街の芸妓が役者に化けて「おねり」を引き継いだ。 現在の節分おばけを大規模にしたものと想像出来る。
戦争で中断されているが、復活のハナシもチラホラと地元では出ている。 ちなみに花傘行列の時に花街の綺麗どころが乗る曳き車はこの「おねり」に使っていたもの。

→祇園祭の神輿洗(先・10日)

→祇園祭の神輿洗(後・10日)

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